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空気が読めない=悪い?
空気読めない(KY)のは
いいのかよくないのかと言えば
「まわりに影響されない」のは良いことなので、
それ自体は良いことだと思います。
一方、「まわりの人を不快にする」のは良くないですから、
おもてなしの心は持てるようになりたいと思っています。
大切なのは
「自分自身の人格についてマイナスのことを言われたら、
基本的には『そうだよ』と応えて、流す」ということを心がけ、
そういう心がけをしていることを表明することだと思います。
もしも「キモイ」って言われたりしたら
「キモイよね」って 流せばOKですよね。
あともうひとつ、
そこの空気が自分の好みではなくて
自分の側として主体的に「空気を変えたい」と思えば、
当然「読めない」と見せたり、
あるいは拒否反応として、
向こうがこちらに影響を与えようして
「空気読めないよね」という発言で攻撃してくることになります。
こっちはこっちの都合で空気を変えようとしているし、
相手は相手の都合で、空気を変えたくて拒否して攻撃してくる。
どちらもわがままかもしれませんね。
(ちょっと難しいかな?)
自分のわがままのために、
自分が手間ひまをかけるのは当然と言えば当然ですね。
この場合、実際には「読めない」というよりも、
「読んだ」うえで主体的にそれを変えようと
はたらきかけているのだと思います。
そういうのは、確信犯。
だけど、確信犯だとしても「空気読めないんですよ~」と言うのがラクだし、
だけど、それだと嘘が入るから(もう一歩進めて、
「自分には『空気を読む』能力など無い」と謙虚に捉えれば、嘘にもならない)、
「全然、気にならないんですよね~」って言っていけば良いと思います。
そして、確信犯だとすれば、
相手の攻撃から心を守るには、
「そうなんですよ~」と肯定して進んでゆけばOKで、
自分の機嫌を悪くしたら負けなわけです。
相手がどう言おうと、相手の自由。
それで、もし自分が自分の機嫌を悪くしたら
自分が相手に影響力を受け渡したことになるのです。
だからそれからも自由になりましょう。
ここが大事かなぁ~。
心が自由になれば、あなたの望みは叶うがヒントになります。